※ 雰囲気SS ※
不思議な夢を見た
オレの目の前で、彼は真っ白な壁に絵を描いている
手にしているのはとても大きな絵筆で、彼は魔法のステッキのようにそれを振りまわし、真っ白な壁を塗り替えていく
「何を描いているんだ?」
オレは彼に問う
彼は背を向けたまま、答えない
答えないというのは、正確ではない
彼は答えを、『言葉』の代わりに『歌』で発した
けれど、それはヒトの歌ではなかった
彼の喉から、まるでフルートとバイオリンを混ぜたような歌が響く
「あぁ、それは綺麗だな」
オレの応答に、彼は嬉しそうに笑った
笑う声も、あの歌で
真っ白だった壁はすでに、全てを塗り替えられていた
「なぁ、傍に行ってもいいか?」
オレの問いかけに、彼はゆっくりと振り返った
そして、オレに向かって手を伸ばす
その時、彼が描いた絵が崩れた
彼が描いたのは、真青な海
ただただ、ひたすら青く広い海
その絵が崩れて、本物の波になった
足場を失い、波に身体を浚われながら、オレは彼に向って手を伸ばす
彼は笑ったまま、伸ばした手を絡めた
そしてまた、喉を震わせ、あの歌を歌う
海の中でも響く、あの歌
「あぁ、聞こえてる」
白い気泡と共に、歌に答える
絡めた腕から引きよせて、その身体を抱き締めた
歌が聞こえる
言葉を超える、その歌
「とーざい」
――彼のヒトの言葉で、オレは眼を覚ました
腕にしびれを感じて身じろぐと、隣で南北がぐずるような声を上げた
起こしたかと思い、顔を覗き込むが、少し頭の位置を動かすと、また眠りの淵へと落ちたようだった
南北の寝顔は、見ている此方が綻んでいまうほど柔らかな表情で、
幼子のように、「くぷー」とか「ぷすー」とか、そんな寝息を立てている
酷く間抜けている気もするが、それはオレの腕のなかで彼が心安らかに眠っているという証拠で、
オレは思わず笑みをこぼしながら、柔らかくその頬を撫でる
不意に思い出したのは、夢の中で聞いた彼の歌
あの歌も、きっとこの寝息のようなものだった