※ 国分寺と新宿の過去話 ※
※ どちらかといえば、国分寺メイン ※
※ 思い立ったことをいくつかポツポツと ※
※ 当家では、
国分寺=川越鉄道・川越線
新宿=川越鉄道・村山線(西武新宿駅への延伸までは現在の半分サイズ)
(余話として、JR中央線=甲武鉄道)
という過去設定を使っています ※
※ 妄想模造猛々しい ※
#0.01============
――1927年(昭和2年)4月19日
「ほら、挨拶をしなさい」
経営者は非常に困った顔をして、自身の後ろの隠れる子供を見やった
「すまないね、川越。 どうにも人見知りな子になってしまって…」
川越もどうしたら良いのかわからず、困った顔をで笑う
「ほら、村山。お前の仲間になる人だよ。 怖くないから、ちゃんと挨拶をしなさい」
その背を押すが、子供は経営者の足を掴み、いやいやと首を振る
川越自身、その体躯からあまり子供に好かれる容姿だとは思っていなかったが、
ここまで怯えられては流石に気落ちする
しかし、これから仕事を共にする仲間として、打ちとけないわけにもいかない
「村山」
川越は膝を折り、彼と視線を合わせる
「お菓子は好きか?」
そう問いかけながら、ポケットからアメを取り出す
自分の名前の由来ともなっている、川越の町の名産品だ
村山はおずおずと顔をのぞかせ、川越の手の中のアメを凝視する
そして、川越の顔を見やり、ゆっくりと経営者の影から身を出した
「はじめまして、オレは川越だ」
「……」
村山は気恥ずかしそうに視線を彷徨わせる
そして、再度、川越の顔を見つめたかと思うと――
――その手のアメを奪取し、彼に背を向け走り出した
「「――は?」」
川越と経営者の、間の抜けた声が重なった
「…逃げ…た?」
「…逃げ…ましたね…」
思わず、二人揃って小さくなる後ろ姿を見送りそうになる
「おおぉおおぉぉ、おいっ、ちょ、村山ーッ!!」
「待てっ、逃げるなっ!! っていうか、何故逃げる!?」
川越は慌ててその後ろ姿を追う
「おい、村山ーっ!! こらっ、待て!」
「待たないっ、待たないったら、待たない!」
振り返った村山は笑っていた
イーっと白い歯を出して、頬を赤くした、純粋で無垢な子供の笑顔
「せめてアメを置いて行け! 食い逃げだ!」
「嫌だねっ、もう食べちゃった~」
きゃははと笑う後ろ姿を、川越も気がつけば笑いながら追いかけていた
「ほらっ、捕まえた!」
追いついた川越は、軽々と子供の身体を担ぎあげる
村山は抱きあげられた肩の上でまた笑う
「川越っ、かわごえ!」
「覚えたか?」
「覚えた! アメが美味い川越!」
「このガキっ」
川越も笑って、村山を肩車の形に乗せ直す
村山は川越の黒い髪を掴みながら、身体を揺らした
急に子持ちになった気分だと、川越は苦く笑って、
それでも、肩の上の温もりが酷く愛おしいと思った
#0.09============
――某年某月某日
「酷いよ、結婚式には呼んでって言ったじゃないか」
「お前の発言は本気なのか冗談なのか、今だに分かりかねる」
表情の起伏か薄い中央の発言に、川越は思わず額を押さえた
中央とは、彼が『甲武』と名乗っていた時からの間柄で、人生最長の付き合いだが、今だにどうにも理解が出来ない
「僕はいつだって本気さ。
聞いたよ、君に可愛い子供が出来たって。 お嫁さんはどんな人?」
「殴っていいか?」
本気で拳を構えた川越に、中央はすぐさま、降参と両手を振る
「全く…、せめて弟くらいにしてくれ…」
川越はガックリと肩を落とし、すでに座っていた中央の隣に座る
村山という新しい仲間を加えた川越の新生活は熾烈を極めた
とにかく、村山がわがままなのだ
特に食事に関しては、アレはイヤ・コレは嫌い、コレは不味いと、何かと注文が多い
彼自身の好き嫌いはさておいたとしても、作った料理に『不味い』という評価が下されるのは中々に堪えるものである
長い一人暮らしでまともな食事など滅多に作らず、自堕落に暮らしてきたツケがこんな処で回ってくるとは、と川越は己の反省を鑑みる
「お前も、料理あんまりできないもんな…」
「まぁね。 男の一人暮らしなんてそんなものじゃない?」
中央は完全に他人ごとという姿勢で川越を見る
「別に無理して君が作らなくても、買えばいいんじゃない?
安くて美味しいお惣菜屋さん知ってるよ」
「安いと言っても、やっぱり作るよりは高いんだよ
東上とか武蔵野の所為で、ウチの経営もあんまり楽じゃないし…
…それに…、」
「それに?」
「買ったら買ったで怒るんだよ、村山のヤツ
オレが作ったメシは不味いって言いながら全部食べるくせに、
買ってきたやつは平気で残しやがる」
川越の言葉に、中央が珍しくニヤニヤっと笑った
「なんだ、思ったより可愛い子じゃないか」
「そうか?」
「これは君が料理上手になるしかないね」
そう言うなり、中央は立ちあがる
「知り合いで料理うまそうな人に聞いてあげるよ
子どもが喜びそうなご飯でいいんだろう?」
「ん、あ? あぁ、そんなのでイイと思う」
急に協力的になった中央を不思議そうに見つつ、川越は頷く
「上手にできたら、僕にも御馳走してよね」
中央は感情の読めない顔ながら、足取りは楽しそうに歩いて行った
#0.30======================================
――1940年(昭和15年)以降・某月某日
「今日、所沢に行ったら」
「ん?」
「黒髪の男に、殺気すら感じる勢いで睨まれたんだが、アレはだれだ?」
「誰だって、所沢でお前を睨みつけてくるのなんて、武蔵野しか…
あーあーあー、違う。 黒髪なら、たぶんアイツだ」
村山は合点云ったと言うように手を叩く
「ほら、武蔵野んとこ、最近合併しただろ?
ソレの合併相手だよ、多摩湖鉄道の小平線」
肩ぐらいまでの黒髪で、雰囲気大人しめだけど、ちょっと眼が鋭い感じ
そう付け加えられた説明に、川越は頷く
「そう、ソイツだ」
「そう言えば、この前、釘刺されたんだよ
『武蔵野にちょっかい出すようなら、今後は私が相手になるから』
って」
村山の発言に、川越は眼を丸くした
「…知り合いなのか?」
「知り合いっつーか…、けっこう仲は良い
ほら、この前、煮物持って帰ったじゃん、スゲー美味いっつって食ったヤツ
アレくれたのが小平」
「おま…っ、アレは近所の人がおすそ分けしてくれたって…っ」
「近所の人じゃん、小平駅と本小平駅的な意味で」
村山の説明に、川越はガックリと肩を落とした
「事情を知ってるなら、先に教えておいてくれ…
本当にオレは殺されるんじゃないかと…っ!!」
余程の勢いで凄まれたのか、川越の声は掠れている
「基本的にはイイ奴なんだけどなー
武蔵野と合併してから、なんか変ったみたいだ
例えるならー・・・、そうだな、『お母さん』とかそんな感じ?」
「あぁ、ソレわかる
睨み方が、『ウチの子に手を出すな』って感じだった」
村山と川越は二人揃って頷く
「とりあえず、今後は武蔵野への嫌がらせは手加減する方向で行こう」
清々しく笑みを見せた村山に、川越はまた肩を落とす
「いや、これを機にやめるのがイイんじゃないか…
結局、所沢で連中に会うのはオレなんだぞ…」
力なく笑う川越の肩を、村山はがっしりと掴む
「川越なら平気だろ! 大丈夫っ、大丈夫!」
「お前っ、他人ごとだと思ってるだろッ!!」
本当に怖かったんだからな、と叫びながら、村山のまだ小さい体を持ち上げた
ケラケラと笑う村山の声を聞きながら、何かが変わっていきながらも、
それでも、自分たちはこうして、二人で生きていくのだろうと、川越は思っていた