※ 今回は西武古株オールキャスト ※
※ でも、メインは国分寺(川越) ※
#0.45======================================
――1945年(昭和20年)9月22日
武蔵野は両腕を組み、顔を背けて虚空を睨みつけている
村山は腰に手を当て、明後日の方向へ視線を投げ遠方を睨みつけている
「…そんなわけで…、長く深い因縁を超えて、
西武鉄道こと元・川越鉄道と武蔵野鉄道は合併することになったわけなんだけど…」
「……仲直りの握手も出来んのか、お前ら…」
そんな二人の傍らで、小平と川越が疲れたように溜息をついた
「武蔵野、この合併は社長のご意思なんだ
個人としての長年の恨みはわかるけど、それはここで終わりにしよう」
「村山、色々あったが、オレたちも変わらなきゃいけないんだ
お前ももう子供じゃないんだから、わかるだろう」
互いが互いの問題児を諌めるが、二人揃って頑なに視線を合わせようとしない
「社長のご意思とあれば、命を投げ出すことも辞さない
だがな、小平…、コイツらの事に関しては話は別だ
川越のせいでわたしがどれだけ辛苦を味わったことか…っ」
「オレたちの経営ももうドン詰まりだって事はよぉーく分かってる
確かに、社長は凄い人だったし、あの人の下で働くことに異論はない
でもな、この武蔵野と一緒に働く事だけは我慢できねぇな」
「こんなガキと」
「こんなネクラと」
武蔵野と村山の視線が一瞬交わるが、すぐに互いに大きく顔を背けた
「村山は、別に悪い子じゃないんだよ
所沢での事は色々あったけど、あの時からは随分成長してるじゃないか」
「武蔵野は今じゃ埼玉と東京を結ぶ主要路線だ
一時期の逆境を跳ね返す気合いは、十分、尊敬できるものだと思う」
小平と川越は、相手の問題児を持ち上げつつ、同僚の納得を促す
「だから、今日からは一緒に頑張っていこう」
「合併は決定したことなんだ、腹をくくれ」
互いの同僚に懇願され、二人は再度、視線の隅で相手を見る
武蔵野の横には村山が居る、昔に比べれば、少しは大きくなった気がする
村山の横には武蔵野が居る、昔に比べれば、少しは性格が明るくなった気がする
二人は改まって、向い合った
そして、
「「まず、土下座して謝れ」」
同時に発した言葉に、川越と小平は眩暈を起こした
「何故、わたしが謝る必要がある? 貴様が謝るのが道理じゃないか?」
「お前だって、散々、ウチの営業妨害したじゃねぇかよ
割合で言うなら、6対4でお前の嫌がらせの方が多かったね」
「ガキが、屁理屈を言うな。 泣かされたいか?」
「いつもメソメソ泣いてたのはテメェの方じゃねぇか、思い出させてやろうか」
「このチビ」
「んだと、ネクラ」
二人の間で視線の火花が飛び散る
…そして遂に、残る二人の、
「「いい加減にしろッ!!!」」
――堪忍袋の緒が切れた
二人分の怒号と同時に発せられたのは、
小平が傍らの椅子を蹴り飛ばした轟音、そして川越が手元の机に拳を叩きつけた破砕音だった
今まさに互いに掴みかかろうとしていた武蔵野と村山は、その音に驚き、身体を硬直させる
視線をそちらにやれば、小平と川越の怒りが眼から溢れていた
「二人ともそこに並ぶっ」
小平が武蔵野と村山の二人に向かって、自身の目の前を指差す
二人は指先まで伸ばして、彼の前に立った
「正座っ」
川越が靴のかかとをならし、床を示す
二人は背筋を伸ばし、彼の前に膝を並べた
「武蔵野っ、いつまでもガタガタと昔の事を言わないッ!
命投げ出すくらいなら仲直りするっ!」
「村山っ、いい加減大人になれと何度も言ってるだろうがっ
いつまでも駄々をこねるなッ!!」
二人そろって、靴底を踏み鳴らす
「だっ、だがな、小平っ!」
「でっ、でもさ、川越っ!」
「「なに?」」
武蔵野と村山は並んで眼前の二人を見上げるが睨み返され、押し黙る
「仲直り、するの・しないの?」
「これ以上、揉め事を続ける気か?」
鋭い視線で見降ろされれば、最早、脅しでしかない
正座する二人はおずおずと、視線を隣に向ける
「はい、ちゃんと向かい合って」
小平に促され、膝を突き合わせる形で顔を合わせる
「握手」
川越が言うと、互いに恐る恐るといった速さで手を差し出す
…が、その2つの手が重なる直前で、互いの眼を見つめあったまま止まってしまった
本当は、武蔵野も村山も分かっているのだ
今までのこと、これからの事、互いの事、全部
だが、生きてきた時間の分だけ、意地が出る、頑固になる
それが、今、届かない手の平の距離
川越と小平は自分の同僚と、互いを見て揃って肩を竦めた
そして、小さく笑い、膝を折る
先に、川越が手を伸ばした
大きな手が、そっと武蔵野と村山の手の上に重なる
続いて、小平が手を伸ばした
細い指が、3つの手を下から支える
「はい、仲直り」
小平が二人に向かって笑いかけた
「そして、これからもよろしく」
川越も二人に向かって笑う
大きな手と細い指に包まれて、武蔵野の手と、村山の手は触れ合っていた
それは酷く暖かくて、途方もなく優しかった
武蔵野と村山が、同時に声を立てて笑う
「わかった、仲直りな!」
村山はケラケラと笑い、武蔵野を見やる
「あぁ、これからは共に頑張ろう」
武蔵野もクスクスと笑い、村山を見る
「家族が増えたね、家事も掃除も大変だ」
小平もつられて、笑みを零す
「だがきっと、苦労の何倍も、楽しいさ」
川越も笑う
未来なんて知らなかった
ただ、目の前が酷く幸せで、それだけで、明日も幸福な日々が訪れるのだと信じる事が出来た
今はまだ、無邪気に純粋に
#1.00======================================
――1952年(昭和27年)3月24日
――本川越駅――
そこは、言うなれば故郷だ
そんな事をいえば、きっと村山――新宿は笑うだろう
「こーくーぶーんーじっ!」
ホームでぼんやりと停車中の車両を眺めていた国分寺の背に衝撃が走った
「っと、新宿っ」
倒れかけた姿勢を持ち直し、振り返る
「ぼーっと立ってんなよ、隙だらけだぜ」
新宿は国分寺の腰に抱きつき、ケタケタと笑う
最近、身長が急激に伸びたが、笑った顔は子供のままだ
「お前は暗殺者か何かか?」
国分寺は笑って答えながら、新宿を引き剥がす
「おぅおぅ、それそれ。 スナイパーってやつだな、ヒットマンってやつだな」
オレかっこいいなどと言いながらまた笑う
「で? なにしてんだよ、突っ立ってると柱だと思われるぜ?」
「…別に何もしてない、ただ眺めていただけだ」
国分寺の視線がまた、構内へと移る
ベンチが並ぶホーム
停車中の車両
改札を出てから広がる風景
ここへ至るまで続く線路
――もう此処へ、自分の『足』で来る事はない
「…もしかして、感慨に浸っちゃってる?」
「…ちょっとだけな」
不安げに自分を見上げた新宿に笑い返す
少し歪んでしまうのは、仕方がなかった
合併が決まったとき、全てについて決意はしていた
たとえどんな事であろうと、かの方の命は絶対なのだと
名を変える事も、
本線の地位を新宿――村山に譲る事も、
今まで自身が走りぬいたその道のりを彼に譲る事も、
全て受け入れ、かの方に付き従うのだと
それでも、心はどこかで痛みを感じてしまう
「オレ、お前に何も言わねぇから」
不意に、新宿が言った
言葉の意味がわからず、国分寺はその眼を見返す
「お前の路線をこれから走ること…
『ごめん』は絶対違うし、『ありがとう』もおかしいだろ
頑張るのは当たり前だし、お前の分まで~とかオレ無理だし、
そう考えたら、もう言うことなくなった」
そして、新宿は笑った
子供のように、しかし、子供では持ちえない強さをこめて笑った
「だから、オレ走るよ
ずっと全力で走る、この道を
――だから、見ててくれな、川越」
目の前には眩しいばかりの笑顔を持つ新宿が居る
自分よりは小さいが、それでももう、肩に担いでやる事は出来ない
大きくなった、 初めて会ったあの日から…とてもとても、彼は大きくなった
「…むらやま…」
「うん」
「…任せた…」
「おう、任せとけ」
新宿は両腕を伸ばし、国分寺の頭を抱える
「だから、泣いてもいいぜ」
その日、国分寺は――川越は、生まれて初めて泣いた
その駅から離れることが寂しくて、走り続けた道と別れることが悲しくて
そして、何より愛しんだ子供の成長が嬉しくて
新宿の暖かい手に撫でられながら、泣いた
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本川越への直通が始まった時は、きっと物凄く嬉しかっただろうなと思います
いつか、もっと掘り下げた川越鉄道組を書きたいです