※ とりあえずの試作品的なSSです ※
―渋谷駅―
「田園都市!」
白い腕が覗く特徴的なそのスーツの後ろ姿に声をかける
通勤ラッシュの前後は抜きんでて機嫌が悪いと知っているのに、半蔵門はあえて明るい声を出した
「…なんだ」
案の定、振り向きざまに睨まれるが、その姿に違和感を感じ、首をかしげた
答えはすぐにわかり、半蔵門は思わずその顔を指差す
「お前、眼鏡は?」
「指差すな、不愉快だ」
田園都市は、恐らく半蔵門の指を叩き落とそうとしたのだろうが、不自然な位置で空振り、非常に虚しい空気が流れる
「……ラッシュ時に人とぶつかって落としたのだ」
その雰囲気を誤魔化すように、内ポケットから眼鏡を取り出す
いつも彼がかけている四角のフレームは歪み、レンズに罅が入っていた
「うわ、ヤバいね、それ」
「そのしゃべり方はどうにかならないのか?」
それこそ渋谷の若者が口にしそうな砕けた言葉に、呆れと疲労を混ぜたような溜息をつく
そして、つきあっていられないと示すように半蔵門に背を向けた
「ラッシュはまだ引いていない。私の足を引っ張るなよ」
そう言って歩きだそうとした瞬間、
「ちょ、まちまちっ!」
半蔵門は大きく腕を伸ばし、その肩へ回した
「っ?!」
「前っ、そっち壁だぞ?!」
半蔵門の言葉に田園都市はきょとんと瞳を丸くして、眉と瞼をしかめた
「…壁だ」
「だからそう言ってんじゃん」
その仕草を見て、先ほど睨まれたと思ったのは、良く見えていない目を凝らしていたのだと悟る
「どんだけ目ぇ悪いんだよ…」
「わっ…、わかっていた! わかっていたんだっ、わかっていたんだ!」
半蔵門の腕を振りほどいて叫ぶが、お得意の三回リピートでボロが出ている
顔まで赤くなれば誤魔化しようもない
「眼鏡、代えとか無いのかよ? そのまんまじゃ事故るぞ」
「…休憩室に行けば…、予備がある…」
奥歯をかみしめつつ呟かれた返答にひとつ頷くと、その目にはっきりと見えるように彼に手を差し伸べた
「ほら」
「…?」
田園都市はその手を凝視し、続いて半蔵門の顔を伺う
その手の意味がわからないと、視線が伝えていた
「一緒に行ってやるよ、お前んとこの休憩室」
「お断りだ!」
再度、半蔵門の手を叩き落とそうとした掌は、また見事に空を切る
「……」
「………」
今度は半蔵門が肩をすくめ、そしてその手を取った
「行くぞ。 まだ忙しいんだろ、早くしようぜ」
「まっ、ちょ、半蔵門!」
ぐいぐいと手を引いて歩きだすと、田園都市が慌てたように声を上げた
しかし、それを気にすることもなく、半蔵門が足を進める
「このまま放っておいたら、顔面ボコボコになるぞ」
「結構だ! 貴様と手を繋いでいる方が屈辱的だっ!」
田園都市が言い放った言葉に、半蔵門は不意に足を止める
「手を繋ぐ」
新しく覚えた言葉の様に、その一言を繰り返し、半蔵門は身体を反転させた
「そういうつもりじゃなかったんだけど
そうだな、手を繋いでるな」
そう言って、無邪気に笑う
嬉しくて、楽しくてたまらないという、子供の笑顔だ
「…半蔵門?」
そんな表情などろくに見えていない田園都市は、急に足を止めた半蔵門に怪訝な視線を送る
「まぁいいや、行こうぜ。 お前の眼鏡の方が重要だ」
「ちょっ!」
止まるのも歩き出すのも不意打ちで、再び引かれた腕にまた声を上げる
その後も二言三言、田園都市が叫んでいたが、半蔵門は何も気にすることはない
繋いだ手が熱ければ、ただそれだけで嬉しかった
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もっと、インテリ眼鏡受けを発揮したかった