※過去っぽい感じ※
※副都心がまだ新鮮※
※いや、新線※
―飯田橋駅―
午前の仕事も一段落し、さて一休みだと休憩室へ向かう途中だった
有楽町線のホームからヒョコヒョコと現れた子供に眼を丸くする
南北は少し迷った後、その後姿に声をかけた
「新線、新線でしょ?」
意図せずとも見下してしまうその子供は、肩を大きく跳ねさせた
「何してんの? 迷子?」
少し威圧的な視線に子供は視線を惑わせる
「・・・誰?」
純粋な疑問として吐き出された言葉に、南北は面倒くさそうに頬を掻く
新線は現状、和光市駅から新線池袋駅までしか開業しておらず、
有楽町以外の営団メンバーとはほとんど顔を合わせない
南北も一度、開業時に挨拶をしたきり、会話をした覚えはなかった
声をかけてしまったのが運の尽きだと南北はため息をひとつついて、膝を折って新線と向かい合う
「僕は南北。お前のいっこ上の先輩。 有楽町から聞いてない?」
ポケットから探り出した好物のキャンディをマイクの様に差し出し、返答を促す
「・・・知らない」
可愛げなく逸らされた視線に、思わず笑みがこぼれる
当然、それは嬉しさの笑みではなく、怒りを抑えるための儀式だった
「OK、有楽町にしっかり教育方針については聞いておく
で、お前はこんな所で何してるの?」
差し出したキャンディのフィルムをはがし、自身の口に放り込んで再度、問いかける
新線は返答することをためらった様だが、結局口を開いた
「有楽町の、仕事を見に来たんだ」
茶色のネクタイの裾をいじりながら、どこか照れたように頬を染める
「わざわざ和光市駅から、有楽町線に乗ってきたの?」
「うんっ、有楽町凄いんだよ! 早くて、いっぱい人が乗ってて、遠くに行くんだ!」
新線の瞳は、自分のヒーローを語るように輝いている
現状、他の路線との関わりが殆どない新線にとっては、有楽町の存在が唯一無二の支えなのだろう
――僕にはそんな人、居なかった
ぼんやりと浮かんだ感情を、南北は口元の笑みヒトツで振り払う
「へぇ。でもどうして、飯田橋で降りたの?」
「さっき、駅員さんに聞いたら、ここの休憩室に有楽町が居るって」
それで彼に会うために降りたのかと、頷く
「でも残念、有楽町はここには居ないよ」
南北の言葉に、新線は眼をまん丸にした
「14時から永田町で打ち合わせの予定だからね。
真面目な有楽町はもうそっちに向かって、ってコラ」
説明を聞くなり、駆け出そうとした子供の襟首を無遠慮に掴みあげる
「有楽町ー、ゆーらくちょー!」
ジタバタと暴れる子供にまたため息をつく
「あそこは広いから、お前の足じゃ道に迷うよ
僕も顔出さなきゃいけない打ち合わせだから、連れてってあげる」
大体、会議室知らないだろうと重ねると、新線の顔が悔しげに歪む
南北としても、休憩を入れてから遅刻ギリギリで向かうつもりだった予定を崩され、あまり愉快な気持ちではなかった
しかし、自分の言葉に嘘はなく、永田町駅はこんな子供ひとりで行かせるには少々難がある構造をしている
「多数決で考えて、赤坂見附側じゃなくて永田町側にしてくれればいいのに」
会議室の不満が思わず口をついて出るが、新線には意図がわからなかったらしく小さく首を傾げる
「こっちの話。じゃあ、行こうか」
キャンディを噛みつつ立ち上がり、新線の手を取る
そして、引かれる先をみて子供が声をあげた
「そっちじゃないよ!」
新線は南北の手を引き返し、有楽町線への道を示す
「コッチでいいんだよ。永田町へは僕でも行けるんだから」
「ヤダっ、有楽町じゃなきゃヤダ!」
「我侭言うな、面倒くさい!」
思わず口内のキャンディを噛み砕き、新線の身体を半ば抱きかかえて、自身のホームへと連行する
「やーだーっ! 人攫い、ひとさらいーッ!!」
「どんな日本語覚えてんだよっ、失礼なヤツだな!」
断固として抵抗を続ける新線に手を焼きつつも、圧倒的な体格差で勝利を収めて、車両に押し込んだ
新線は、電車に乗ってしまえば腹をくくったのか、憮然とした表情ながら大人しく座席に座る
そして、物珍しげに車内と過ぎ去る駅のホームを眺めて首を傾げた
「・・・全然違う」
「僕は色々トクベツなんだよ」
誇るでもなく呟いた南北を、新線は不思議そうに見返した
「南北はつまらなそうに仕事してるね」
「・・・別にそうでもないよ」
呼び捨てなのかと思いつつ、当たり障りのない返事をする
「新線はどうなの? 仕事楽しい?」
会話の裾を切り返すための問いかけだったが、新線は眼を輝かせて頷いた
「うんっ、楽しい! 有楽町と一緒に仕事するの、凄く楽しいよ!」
満面の笑みで返された言葉に、息が詰まった
「でも、僕はまだ小さくて、出来ることも少なくて・・・
だから早く大きくなって、有楽町のためにたくさん仕事できるようになるんだ!」
「・・・そう、頑張ればいいんじゃない」
輝くものから視線を逸らし、南北は壁が続くばかりの窓の外を見やる
未来を信じて、その先に光を信じて、
この子供は走っていくのだろう、まっすぐまっすぐに
やがて電車は目的地に辿り着き、南北は再び新線の手をとって、歩き始める
「南北に・・・、新線っ!?」
会議室に向かう途中、正面から現れた人影が驚いて声を上げた
「ゆうらくちょう!」
新線は、南北の手を振り解き、彼へと駆け寄った
「おま、どうしてこんな所に居るんだっ!?」
有楽町は心底驚いた様子で、突撃してきた子供を抱きとめる
「有楽町の仕事を見に来たんだよ! 僕一人で!
途中で南北にゆーかいされたけど!」
「お前のこと案内してやったんだよっ、人聞きの悪い言い方するな!」
二人のやり取りを聞きながら、有楽町は優しく笑う
「そっか、大冒険だったな。 南北もありがとう」
有楽町の暖かかな指先が、新線の髪を撫でるのを見て、僅かに視線を曇らせる
「別に、フラフラして目障りだっただけ」
南北はそう言い捨てて、二人に背を向ける
「ちょ、南北っ? もう少しで打ち合わせ始まるぞっ!」
「忘れ物したから、ちょっと取りに行ってくる」
軽く手を揺らし、振り返ることもなく自線へと足を速めた
「そんな事言って、サボるんじゃないぞー」
南北の言葉を信じているのかいないのか、半々の色味で声をかける
「南北!」
それに重ねるように、新線が名前を呼んだ
「ありがとう」
肩越しに振り返ると、新線は有楽町の手を取って、満面の笑みを浮かべていて・・・
――誰かのためと、誰かと一緒と、なんの打算もなく言える事が羨ましいだなんて
――あぁそうだ
――アレと僕は違う
結局、この後の打ち合わせに南北が姿を現すことはなかった
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南北がすごく捻くれてる件